スムートホーリー法

第一次世界大戦後まもなく、アメリカ国内では保守主義が強まり、共和党が政権を獲得した。第一次世界大戦中に債務国から債権国に転換したにも拘らず、ほぼ1920年代にわたって共和党政権下で保護貿易政策が採られることになった。このことは、大戦によってアメリカに債務を負ったヨーロッパ諸国の負担をより深刻なものにさせた。

1929年、ニューヨークのウォール街における株式大暴落に端を発する大恐慌が起こった。この恐慌は各国へ広まり世界恐慌へと発展するが、当時のフーヴァー大統領(共和党)は、国際経済の安定より国内産業の保護を優先する姿勢をとった。こうした中で、スムート・ホーリー法が定められることとなった。